#73改訂版 祝アニメ化「これ描いて死ね」増した「郷愁」と「ポコ太」の存在感 | 地元のブックオフで立ち読みしていた頃の自分を思い出して泣いた話

原作が世に出てから、だいたい3年半。「これ描いて死ね」がついにアニメ化されました。私たちがこの作品を語るのは、これが初めてではありません。マンガ大賞を受賞した2023年3月、原作を読んだ直後に一度収録しています。あれから3年。第1話を見て、あらためて感じたことと、あのとき熱っぽく語ったことを、地続きで残しておきます。

#73UG 祝アニメ化「これ描いて死ね」完走編:アニメで増した郷愁とポコ太の存在感 | 地元のブックオフで立ち読みしていた頃の自分を思い出して泣いた話 - YouTube

原作が世に出てから、だいたい3年半。「これ描いて死ね」がついにアニメ化されました。私たちがこの作品を語るのは、これが初めてではありません。マンガ大賞を受賞した20…


第1話で、なぜか泣いた

体調を崩していたこともあって、正直まだ第1話しか見ていません。それでも、これは素晴らしいアニメ化だと言い切れます。

なぜか泣きました。主人公が先生に会うシーン。理屈で説明できないのに、うるっときてしまった。

見た目の話をすれば、映像がとにかく綺麗です。しばらくアニメから離れていたので、これが今のアベレージなのか、当たりを引いたのか、一瞬わからなくなりました。答えは、アベレージ自体が上がっている。ただ、その中でもはずれはあります。ずっと見ていると「紙芝居を見せられているな」と感じてしまう作品もある。心のどこかで「綺麗じゃないな」とうっすら思いながら見続ける、あの感じ。今回はそれが一度もなかった。最初から最後まで綺麗でした。

内容の面でも発見がありました。漫画では一コマでさらっと流していた場面が、アニメだと大画面でバッと展開される。前後の動きまで描かれるので、「ここ、見逃していたな」という箇所が意外と多い。知っている話を、新鮮な気持ちで見直せました。

ポコ太が、想像以上に"親友"だった

一番おもしろかったのは、ポコ太です。主人公のイマジナリーフレンド。あれがアニメになると、完全にスタンドになっていました。

漫画を初めて読んだときは、ちょっと妄想しがちな子が、自分の見える範囲にポコ太を勝手に出現させている、くらいの感覚だと思っていたんです。それがアニメだと、こんなにがっつり会話していたのか、と。周りの子も理解があって、そのスタンドを一人で成立させている。こんなにしっかり親友ポジションだったのか。ここは素直にびっくりしました。

話数は10話か、12話か

第1話の段階で、ざっくり原作1.5話分のペースで進んでいます。これ、遅くないですか。嬉しいけれど、普通は1話で2話分くらい進めるものです。初回だから特に丁寧にいった、というのはあるかもしれません。

放送情報を見た限り、全何話なのかはどこにも書いていない。10話か、12話か、13話か。仮に12話として、その1.5倍から2倍で計算すると、原作でいえば20話から24話あたり。いま出ている単行本の、ちょうど半分くらいまで進む。

気になっているのは、先生の過去編、つまりロストワールドをどう扱うかです。あれは漫画だと各巻の一番最後に、おまけのような位置で置かれている。あの構成をアニメでそのまま踏襲するのか。勘で言えば、第6話あたりの総集編的な回で、伏線もろとも一気にやるんじゃないかと思っています。

そして、ここは声を大にして言いたい。ロストワールドこそ、あの物語に厚みをギューンと与えている部分です。むしろ作者が本当に描きたかったのは、こっちなんじゃないか。年を取ったせいかもしれませんが、大人になるほどロストワールドが効いてくる。

実在の漫画が出てくること、島であること

今回見て、あらためてすごいと思ったのは、作中に実在の漫画が出てくることです。「ドラえもん」に「ワンピース」。ドラえもんは同じ小学館だからわかるとして、ワンピースはよく出したな、と。実在するからこそ、こちらの感情移入が一段深くなる。

そこに「島」という設定が効いています。仮にスマホのある時代だったとしても、離島という舞台は、昔の自分たちそのものなんです。かつてそこにいた自分が、まずやられてしまう。月刊誌さえあれば漫画を読んでいたあの頃と、勝手に重ねてしまう。だから共感値がマックスになる。この子は俺だ、小さい頃の俺だ、という感覚。この前のトイ・ストーリーではないですが、見ているあいだ、ずっとうっすら泣いている状態になる。

自分を振り返ると、あまり褒められた話ではないんですが、地元のブックオフが一生立ち読みをさせてくれていたんです。土日の午後はブックオフ。5、6時間も居座って、100円コーナーだけをひたすら読みまくる。それが東京に出たら、本にビニールがかぶせられていて読めない。ああ、俺の地元が特殊だったんだな、と気づく。

さんざん読んだあとにブックオフを出る、あの感覚。まだ思い出せます。世界がちょっと違って見える。いい映画を1本見たあとと、まったく同じでした。

余談ですが、今回はニコニコで見ました。10何年ぶりに、流れるコメントで。これがめちゃくちゃ楽しい。ツッコミを入れたり、共感しながら見るタイプの作品は、盛り上がりが可視化されるコメント文化と、やっぱり相性がいいんです。

なぜ、この漫画はここまで刺さるのか

ここからは、原作を読んだ直後に話したことです。楽しい作品だな、いい作品だな、というのが最初の実感でした。よかった点を掘っていくと、いくつかの層に分かれます。

「漫画って、描いていいんだ」という発見

1つ目は、新しいことをするワクワクです。

主人公は漫画好きから始まるのに、物語のかなり早い段階で「漫画って、自分で描いていいんだ」と気づく。ここです。始まりの、そのまた始まりからやっている。

新しいおもちゃを見つけたときの感覚に近い。あまりよくない言い方かもしれませんが、新しいおもちゃを手にした瞬間って、この先どんな楽しいことが待っているんだろうとワクワクするじゃないですか。成長するにつれてそれは複雑になっていくけれど、ここで描かれているのは、一番プリミティブで、根源的なところなんです。

ただ、描きたいから描く

2つ目は、好きなことを突き詰めるワクワクです。

僕らみたいな、欲にまみれた小市民の大人は、何かをやるときに理由をつけていませんか。これをやったら金が儲かる、モテる、健康になる、誰かに褒めてもらえる。目的があって行動する。それが悪いとは言わないし、むしろ普通です。

ところが主人公は、漫画を描く。何のためかといえば、ただ描きたいから描く。もう衝動です。以前話した「鴨川ホルモー」の、青春とは何か問題と同じ構造。鴨川ホルモーをやったって就活に有利にはならないし、金持ちにもなれない。でもやる。それが青春だろう、という。「桐島、部活やめるってよ」も、まったく同じことを描いている。なんでそれをやってるの、好きだからやってるんだよ、という話。

何かのためではなく、そのもの自体が目的になっている行為。その先に何があるわけでもなく、ただ描きたいから描く。原始的で本能的な喜びが、ここではっきりと描かれている。

なんて尊いんだ、と思いました。

あざとくない、という奇跡

3つ目は、変化球です。あざとくない女の子集団。

同じフォーマットの作品は世の中にたくさんあります。女の子4人くらいの集団が、1つの趣味を共有して楽しむ、というやつ。正直に言うと、僕はそのほとんどが苦手です。読めない。そこに一種のあざとさを感じてしまうから。

作り手の意図が透けて見えるんです。「こうしたら可愛いと思うでしょう」「こうしてほしいんだよね」という願望から作られている感じ。ちょっとひねくれた見方ですが、後ろにいるおじさんたちが見えてしまう。純粋に楽しみたいのに、それができない。

ところが「これ描いて死ね」には、そのあざとさを一切感じませんでした。下手に共感されにいっていない。

理由ははっきりしています。この作品は、漫画で食っていくことの修羅の道を、ちゃんと端々に入れてくるからです。指導者的な立場の先生がいて、その人のデビューまでの話がある。どうにもならなさ、衝動。漫画業界の修羅具合を、逃げずに描いている。

苦手な作品というのは、現実の上澄みの、綺麗な部分だけを見せている感じがするんです。そんなにうまくいかないだろう、と思ってしまう。この作品は、楽しいところだけでなく、そうじゃない部分もちゃんと描く。だからあざとさが薄まる。

ここに言及している人は、あまりいない気がします。みんな「漫画好きのワクワクへの共感」までは語る。でも、もう一歩先の、漫画の大変さもちゃんと描いているじゃないか、という点。その歴史があるからこそ、いまあなたの前にこの作品がある、というところまでやっている。おもしろいし、漫画家って本当に大変なんだな、という勉強にもなる。「ドラフトキング」を読むとプロ野球選手のすごさがわかる、あの感覚に近い。

漫画家を目指す人は多すぎる。食べられる人もいるにはいるけれど、無名のまま。ちゃんと知名度を持って世に出ていける人、週刊誌に載れる人がどれだけいるか。その大変さは、読んでいて刺さりました。

ビジュアルと、苦しさの「詩」

少し別の角度からも、この作品の良さを挙げておきます。

まず、ビジュアルがいい。これもあざとさに繋がる話ですが、いい意味で変な色気がない描き方なんです。作者の1つ前の作品「金剛寺さん」はラブストーリーで、そこでも女の子は可愛かった。ただ、いわゆる萌え的な可愛さではない。不思議な、オンリーワンの絵です。

小学生くらいの頃に「この子、好きだな」と思ったときの気持ちが、絵から立ちのぼってくる。あの恋心のような、純な感情が伝わってくる。展開自体はベタなのかもしれないけれど、見せ方に工夫があって、読むたびに楽しい。

そして、苦みの部分。先生の過去編で、挫折して、苦しみながら描いている。あれが単行本1巻の最後、2巻の最初、という構造で挟まれている。連載時にどうだったかは記憶があいまいで、読み切りだった気もするのですが、本編と一緒にあの苦しさを味わえるところに、深みが出ている。

正確には、苦しさそのものというより、苦しさの「詩」という感じです。漫画家という過酷な職業を通した体験談の、その一コマ一コマ。これは本当に実体験なんだろうな、という味わいがある。苦しみの中で、最終的に自分と漫画だけになって、それでも描く。ファミレスで夜が明けて見る景色。本気で勝負している人の景色です。

そういう、一人だけの体験の中の感動――孤独で、静かな劇場のようなもの――は、我々のような小市民にもあると思うんです。それが載っていて、共感できる。素晴らしいなと思いました。

この作品は、尻上がりに面白くなる

正直、これは尻上がりの作品です。普通、第1話が一番おもしろくて、だんだんテンションが下がっていく作品が多い。何とは言いませんが。でも、これは逆でした。

成長譚なので、まっさらな状態から仲間がどんどん集まっていく。そのワクワク感があって、後半にいくほど、成長の気持ちよさが上がっていく。

しかも、やろうと思えば無限に続けられる。プロ漫画家編まで描けば、いくらでも伸ばせる。「まんが道」が25巻あったように、丁寧にやるだけで相当な尺になる。ネタには困らない。スクリーントーンの回みたいなマニアックなところに行き過ぎず、ちゃんとストーリーに乗せて楽しませてくれる。そのバランスがいい。

最初の数話はウェブで読めます。サンデーうぇぶりでロストワールドの全編が読めて、第1話・第2話もがっつり無料。まとめて読むのもいいけれど、まずは2巻まで、前編後編として読んでほしい。ロストワールドの、あの干ばつのような苦みのほうも、どこかで公開されていたはずです。あれは本当にいい。若い子が読むものかと思いきや、おじさんはむしろそっちのほうが好きなんじゃないか。

マンガ大賞を受賞して、もうどの書店にも、どの漫画喫茶にも並んでいる。アニメ化はもちろん、映画化もドラマ化も全然ありそうです。業界はとっくの前から目をつけている。昔テレビ局のプロデューサーをやっていた身からすると、あらゆる作品を「映像化できるかどうか」で読んでしまう癖がある。それはそれでどうなんだと思いつつ、プロだな、とも思う。ドラマ化しやすい媒体でもあるので、まずは一読して、忘れた頃にもう一度、違う媒体で味わうのがいい。

とよ田みのる先生。心からお勧めできる作品です。いい作品を、ありがとうございました。

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