#222【ネタバレなし】ノーラン監督最新作「オデュッセイア」渡米観賞レビュー!映画を見る前に押さえたいたった一つの概念ギリシャの「クセニア」とは?
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2026年7月下旬、アメリカでクリストファー・ノーラン監督の「オデュッセイア」を見てきました。
日本公開は9月11日。なので、予習編としてネタバレなしでいきます。とはいえ見終わって思ったのは、この映画に関してはネタバレという概念があまり機能しないということ。その理由から話します。
米国では劇場満席
見に行ったのは公開2週目。当日の朝イチにオンラインで探したら、IMAXも70ミリフィルム上映も、ほぼ満席というか、満席でした。
映画館の一番でかいスクリーンが全部埋まってました。(厳密には車椅子席以外ですが)
日本映画で例えると庵野監督の古事記?
なんでかなと考えて、日本映画に置き換えてみました。浮かんだのは2つ。
「エヴァンゲリオン」や「シン・ゴジラ」でおなじみの庵野監督が、実写で古事記を作りました。あるいは、すでに亡くなっていますが、黒澤明が「忠臣蔵」を映画化します。
みたいな盛り上がりだと思います。
知っている監督が、知っている話をやる。そういう感じなんです。だからアメリカ人の視点は「あの名作をどうアレンジしてくるんだろう」になる。結末を知っている前提で、そこへ向かう解釈のほうを見に行く。
向こうでは中高生の頃に、絶対とは言わないまでも教科書で学ぶ題材らしいので、日本で言えば平家物語や源氏物語に近いのかもしれません。
過去作品は70年で5本
そして向こうでは、この題材が数十年に1回くらいのペースで映像化されています。
大河ドラマと同じ感覚だと思うんです。また信長か、また秀吉か、また家光か。でも気づいたら10年経ってるよね、という。今回は誰が演じるのか、誰が脚本を書くのか、あ、今回は三谷さんバージョンなんだ、というあの空気感だと思います。
数十年に1回擦られていると書きましたが、正面から映像化されたものを実際に並べると、こうなります。(派生作品は後半に紹介します)
| 年 | 作品 | 監督 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 1954 | ユリシーズ(Ulisse) | マリオ・カメリーニ | カーク・ダグラス主演。117分。 |
| 1968 | オデュッセイア(L'Odissea) | フランコ・ロッシ、マリオ・バーヴァ他 | イタリア国営放送RAI、全8話。 |
| 1997 | オデュッセイア/魔の海の大航海 | アンドレイ・コンチャロフスキー | 米NBCのミニシリーズ。アーマンド・アサンテ主演。エミー賞監督賞 |
| 2024 | 帰還(The Return) | ウベルト・パゾリーニ | レイフ・ファインズ(ヴォルデモート卿のあの人)主演。116分。神話や怪物要素がない。 |
| 2026 | オデュッセイア | クリストファー・ノーラン | マット・デイモン主演。173分 |
ストーリーのネタバレもクソもないというのは、こういうことです。日本史で例えるなら「本能寺の変」「関ヶ原」をネタバレと言えるのか、って感じです。
注意:ここから少しだけ内容に触れます。
全員が「千と千尋」だと思う場面
ここからは、知っておくと見え方が変わるポイントを3つ。
まず、見た日本人が全員「千と千尋やん」と思う場面があります。物語全体を16くらいに区切るとして、4番目あたり。魔女キルケーが登場するくだりです。
オデュッセウスの部下たちが全員、豚に変えられてしまう。腹減ったとがっついていた連中が、気づいたら豚になっていく。完全に「千と千尋」です。
ただ、これを宮崎駿が「オデュッセイア」のこの場面をオマージュしたとは、僕は言えないんじゃないかという立場です。似ているのは確かなんですけど。
古事記にも黄泉戸喫(よもつへぐい)という話があって、異界のものを勝手に食べてしまうと元の世界に戻れなくなる。よくある類型があります。
だから、あそこは違うかなと。
顔がねじれた一つ目の巨人
2つ目はもっと軽い話です。
一つ目の巨人、まあサイクロプス的なやつが、ガチの怪物として出てきます。ポリュペモスという名前です。
その造形が、素晴らしいものでした。
一つ目と言われると、普通は左右対称の目を想像します。ドラクエのギガンテスみたいに、真ん中に大きい目が1個ある形。
違うんですよ。顔が横にねじれたような形で目がついている。この見た目は最高だなと思いながら見ていました。
あの場面はマジで「進撃の巨人」です。
クセニア、たぶんこれがテーマ
3つ目。今日いちばん役に立つ話はここです。
僕は例によって字幕なしで見ていたので、なんでこれこうなってるんだろう、という箇所がいくつかありました。それを解く鍵になる概念が1つだけある。あえて1つだけと言い切ります。
日本語で言うと、おもてなしです。
ギリシャのおもてなし
ギリシャ語で「クセニア」という掟があります。調べると、古代からの神聖なルールと書いてあります。ゼウスの掟くらいの、最大級の縛りらしいんですね。名前が4文字で覚えやすいのもいい。
客人が来たらちゃんと食事を出してもてなしましょうね、という決まり。それが物乞いであっても、です。お互いに気を使いましょうね、という話。日本人だとすごく腑に落ちる感覚です。
なぜそこまで神聖なのかというと、ゼウス自身が旅人に姿を変えて訪ねてくると信じられていたからです。目の前のみすぼらしい男が、神かもしれない。だからマナーではなく、破れば罰が下る掟として機能していた。
宿屋も警察もない時代に、旅というのは他人の家の戸を叩き続ける行為でしかなかったわけで、この掟が崩れたら誰も遠くへ行けなくなる。社会の土台なんですよね。
で、なんで帰り道に10年もかかったんだ、という素朴な疑問があるわけです。戦争に時間がかかるのは分かる。行きもそのくらいかかったんですかという話でもない。
どうやら、このクセニアを破ったせいで神の怒りを買った、というところがあるらしい。神様に怒られたからサクッと帰れなかった。苦難の道になった。
誰がもてなし、誰が裏切ったか
これが分かると、映画の見え方が変わります。掟がずっと画面の裏にあるのが見えてくる。
元の叙事詩の有名な場面を、この観点だけで並べてみます。誰もが知っている挿話ばかりなので、ネタバレにもなりません。
| 場面 | クセニアの観点 |
|---|---|
| ポリュペモス | 客人をもてなさず喰らう。 |
| キルケー | 客をもてなすふりをして獣に変える。 |
| カリュプソ | 手厚くもてなしすぎて帰さない。 |
| 求婚者たち | 主人不在の家に居座り食い潰す。 |
| エウマイオス | 貧しい召使が正体不明の旅人を丁重に迎える。理想的なクセニア |
冒険譚として見ると、ばらばらの怪物退治が並んでいるだけに見えます。でもクセニアという物差しを当てると、一貫したテーマも見えて来ます。
もてなさない、もてなすふりをする、もてなしすぎる、客のほうが主人を食い潰す、そして何も持たない者が完璧にもてなす。
1万円払えると思った
面白いか面白くないかの話をしていませんでした。3時間受ける価値があるのかないのか。
正直、見る前は寝るなと思っていました。休日の午後1時の回で、字幕なしで難しい話を3時間ですから、3時間耐久リスニングみたいなものです。TOEICの1.5倍。
寝るなと思っていたんですけど、面白くて最後まで見ちゃったんですよね。
過去作と比べてどうかと言われたら、どれが一番好きですかという問いには問答無用で「インターステラー」と答えます。だからそれを超えたかと言われると、そんなことはない。
ただ、見終わった時に、いくらまでなら出せるかなと考えたんですよ。ノーランの新作でこのクオリティだと分かっている前提で、マックスいくらか。1万円出せるなと思いました。
旅映画は映像が大事
じゃあこれが演劇で1万円かと言われると、ちょっと微妙。舞台では成立しない。つまり、映像美が圧倒的なんです。
飽きずに見続けられる理由の1つは、旅映画的なところだと思います。行って帰ってくる話の、帰ってくる部分だけを取り出したような構造なので、いろんな絶景が流れていく。みんなが70ミリで見たい、IMAXで見たいと言うのは、その絶景をもっといい景色で見たいということなんでしょうね。
時間はやっぱり前後する
構成の話もしておくと、ノーランといえば時間を操る魔術師です。
時間を操るといえばノーランかジョジョのボスか、みたいなところがある。今回もやっていました。物語が非線形、つまり時間軸通りには並ばない。めちゃくちゃ行ったり来たりしています。
ノーラン作品と興行収入一覧
※内訳は2026年7月26日時点。数値には推定が含まれます。
| 作品 | 公開年 | 製作費 | 北米 | 海外 | 世界興収 | 製作費比 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| フォロウィング | 1998 | 6,000 | 4万8,000 | ほぼなし | 4万8,000 | 8.1倍 |
| メメント | 2000 | 900万 | 2,550万 | 1,450万 | 4,000万 | 4.4倍 |
| インソムニア | 2002 | 4,600万 | 6,740万 | 4,620万 | 1億1,360万 | 2.5倍 |
| バットマン ビギンズ | 2005 | 1億5,000万 | 2億690万 | 1億6,740万 | 3億7,420万 | 2.5倍 |
| プレステージ | 2006 | 4,000万 | 5,310万 | 5,660万 | 1億970万 | 2.7倍 |
| ダークナイト | 2008 | 1億8,500万 | 5億3,490万 | 4億7,310万 | 10億800万 | 5.4倍 |
| インセプション | 2010 | 1億6,000万 | 2億9,260万 | 5億4,420万 | 8億3,680万 | 5.2倍 |
| ダークナイト ライジング | 2012 | 2億3,000万 | 4億4,810万 | 6億3,290万 | 10億8,100万 | 4.7倍 |
| インターステラー | 2014 | 1億6,500万 | 1億8,800万 | 4億9,300万 | 6億8,100万 | 4.1倍 |
| ダンケルク | 2017 | 1億 | 1億9,000万 | 3億3,710万 | 5億2,700万 | 5.3倍 |
| テネット | 2020 | 2億500万 | 5,850万 | 3億670万 | 3億6,520万 | 1.8倍 |
| オッペンハイマー | 2023 | 1億 | 3億3,010万 | 6億4,570万 | 9億7,580万 | 9.8倍 |
| オデュッセイア | 2026 | 2億5,000万 | 2億8,900万※ | 3億6,200万※ | 7億超※ | 2.8倍超(暫定) |
倍率で見ると、いちばん効率が良かったのはオッペンハイマーです。1億ドルで作って9億7,500万。R指定の3時間の伝記映画でこれをやった。オデュッセイアに2億5,000万ドルを出させた交渉力の根拠は、この数字にあります。
逆にテネットの1.8倍は、コロナ禍の公開という事情があったにせよ厳しい。宣伝費を含めると赤字とされています。
オデュッセイアは、このままいけばダークナイトとダークナイト ライジングを抜いて、ノーランの最高興収作になります。
オープニングで引っかかった、あの顔
オープニングに、妙に心に残るキャラクターが1人出てきます。劇中では男として扱われている。でも見ながら、男か、この人、という感じがずっとあった。中性的なんですよね。
調べたら、ノーランの「インセプション」に建築家役で出ていた俳優でした。アリアドネという名前の。
エリオット・ペイジです。トランスジェンダーであることを公表していたんですね。
見ながら、あの人はあの女優さんに似てるよなと思っていたんですよ。でも男として扱われているし、どういうことだと。写真を見て、ちょっと衝撃を受けました。兄弟かなと思うくらい似ているので、まさか本人だとは思わなかった。
これを知っていると、ちょっと見方が楽しくなります。
予習にオススメの作品はいっぱいある
極力ネタバレなしで話してきましたが、若干の事前学習は必要かなと思います。
名前がややこしすぎるんですよ。なんちゃららス、なんとかプス。オデュッセウス、ペネロペイア、テレマコス。お前、誰だっけ、というのが常に起きる。多少は慣れておいたほうがいい。
待っている間に見るなら
日本公開まで2ヶ月あるので、その間に見ておくといい作品を挙げておきます。
一番名前が出てくるのはブラピ主演の「トロイ」でしょう。前日譚的な話になるので、これは全然アリです。
もう1本挙げるなら、全く同じ話をヴォルデモートがやっているのをご存知でしょうか。
2024年の「ザ・リターン」という映画です。主演はレイフ・ファインズ。ヴォルデモートとも言えるし、「28年後...」のあの人とも言える。トロイア戦争が終わった後に地元へ帰る話ですから、まんま一緒じゃないですか。しかも2年前。絶対に比べられるだろうし、気まずかっただろうなと思います。
タイトルの意味は「帰還」。手に入るならこれが一番のおすすめ。手に入らなければ、ブラピの「トロイ」で検索すればいいかなと。
| 年 | 作品 | 監督 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 1954 | ユリシーズ(Ulisse) | マリオ・カメリーニ | カーク・ダグラス主演。 |
| 1968 | オデュッセイア(L'Odissea) | フランコ・ロッシ、マリオ・バーヴァ他 | イタリア国営放送RAI、全8話。 |
| 1997 | オデュッセイア/魔の海の大航海 | アンドレイ・コンチャロフスキー | 米NBCのミニシリーズ。アーマンド・アサンテ主演。 |
| 2024 | 帰還(The Return) | ウベルト・パゾリーニ | レイフ・ファインズ(ヴォルデモート卿のあの人)主演。116分。神話や怪物要素がない。 |
| 2026 | オデュッセイア | クリストファー・ノーラン | マット・デイモン主演。173分 |
オデュッセイア関連作品
| 年 | 作品 | 原作との関係 |
|---|---|---|
| 1967 | ユリシーズ | ジェイムズ・ジョイスの小説の映画化。1904年6月16日、冴えない中年の広告取りレオポルド・ブルームが、朝8時に家を出て街を歩き回り、翌日の未明に帰ってくる。その一日が、オデュッセイアの10年間に対応している。 |
| 1981 | 宇宙伝説ユリシーズ31 | 古代ギリシャの叙事詩を31世紀に置き換えたSFアニメ。主人公の乗る宇宙船の名はオデッセイ号。東京ムービー新社とフランスのDICの共同制作。 |
| 2000 | オー・ブラザー! | 大恐慌期のミシシッピ。冒頭のクレジットに「ホメロスのオデュッセイアに基づく」と明記され、脚本のクレジットにもホメロスの名がある。主人公はユリシーズ・エヴェレット・マッギル、妻はペニー(ペネロペ)。川辺で洗濯しながら歌う三人の女がセイレーン、片目の聖書売りビッグ・ダンがポリュペモス、盲目の予言者がテイレシアス |
| 2003 | コールドマウンテン | 南北戦争の北カロライナ。脱走兵インマンがオデュッセウス、農場で待つエイダがペネロペイア、彼女に言い寄るティーグ隊長が求婚者。ポセイドンの怒りにあたるのが北軍と郷土防衛隊で、原作小説ではエイダがホメロスを読みながら待っている |
「オー・ブラザー!」が分かりやすい例ですね。舞台は100年前のアメリカ。同じ発想で、未来にしてみましたとか、南北戦争にしてみましたとか、いろいろあるじゃないですか。「ユリシーズ31」はまさに未来に飛ばしたバージョンで、日本のアニメ会社がフランスと組んで作っています。

