#220 映画「マンダロリアン・アンド・グローグー」ネタバレ感想編:ドラマシリーズ未見でも大丈夫!完走者が語る入り口の広さ

約7年ぶりの劇場版スター・ウォーズ、映画「マンダロリアン・アンド・グローグー」を観てきました

ドラマシリーズはシーズン1から3まで完走済み。その目で劇場版を観て、何が良かったのか、そしてドラマ未見の人でも楽しめるのか、観た直後の熱が冷めないうちに書いておきます。

ドラマを知らなくても、この映画は入れる

結論を先に言えば、めちゃくちゃ面白かった。そして、この映画はドラマ未見でも問題なく楽しめます。

これだけ宣伝されていれば、マンダロリアンとグローグーがバディだということは観る前からわかる。だとすると、仲良くなるまでの過程なんていらない、最初から仲のいい状態でいいじゃないか、と思う人もいるはずです。

でも、新連載の漫画でも新作映画でも、いきなりバディが完成した状態から始まる物語はいくらでもある。この二人は仲がいいんですよ、と差し出されれば、観客はそれを飲み込む力を持っている。

シリーズを追ってきた身としても、ここから入る人をうらやましく思うくらい、まっさらでも乗れる作りでした。

オープニングが、いきなりかましてくる

まず良かったのは、アクションです。タイトルが出るまでのアバンタイトル、ちょっと悪そうなやつを一人仕留める場面から始まるんですが、この最初のアクションシーンが本当に良かった。オープニングがいきなりかましてくる。そしてそれ以降も、アクションはずっとかまし続けてくれます。

アバンのバトルでは、もう苦戦しない。最強の、めっぽう強い男がやってきた、という見せ方で、カメラの向こうから主人公が真ん中を堂々と歩いてきて、敵が迎え撃っては散っていく。それをひたすらやってのける。最初のバトルが完全な無双だったから、テンションが上がりきった状態で物語に入れました。

マンドの戦い方は、基本が肉弾戦です。飛び道具に頼らず、近接で渡り合うタイプ。だから観客の好みも割れると思います。飛び道具でポカンと片付けるのが好きなのか、キャプテン・アメリカのように肉弾で戦うのが好きなのか。私はキャプテン・アメリカ側なので、肉弾戦の多いこの映画はよく刺さりました。最初こそ銃で派手にかまし、炎の演出がかっこよく、爆弾も飛び出す。あの手この手のガジェット感があって、ジャンルは違えど仮面ライダー的な手触りすら感じました。実際、本作はスター・ウォーズ映画では珍しく、ライトセーバーが一度も出てこない。空中戦も控えめで、ジェダイの剣劇ではなく、賞金稼ぎの泥臭い戦いに振り切っています。

強すぎるヒーローは描くのが難しい、という問題もあります。あまりに強いとバトルが成立しなくなる。シリーズでも、敵が巨大なときはこちらにゲスト戦力が加わるなど、戦力のバランスはうまく調整されてきました。物語の都合で強くなったり弱くなったりするご都合主義は感じますが、痛快さを優先するこのシリーズでは、それも持ち味のうちだと思います。

可愛さ8割、あざとさ1.5割、不憫さ0.5割のグローグー

次に良かったのは、グローグーの可愛さです。正直に言うと、シリーズを追っていた頃から、あざと過ぎてちょっと苦手なくらいでした。それでも、観ているうちにビビビとくるものがある。言葉を持たない、善良な隣人。そのうえ時々、一生懸命に何かを頑張ってくれる。頑張る子供を見ているような気持ちになって、応援するしかなくなるんです。

今回はそのグローグー大活躍のパートが結構長めに用意されていて、そこだけ毛色が違い、まるで別の短編が始まったような、子供向け番組が差し込まれたような感触がある。安心して身を委ねられる、いい時間でした。逆に、何が面白いのかわからないと感じる人もいるでしょうし、グローグーを可愛いと思えない人もいるでしょう。そこは好みが分かれます。

見ていて思うのは、グローグーを見る感覚は、子供を見る感覚に近いということ。配合でいえば、可愛さ8割、あざとさ1.5割、不憫さ0.5割、くらいです。わずかな不憫さが効いていて、かわいそうの割合が増えすぎると同情が先に立って乗れなくなるけれど、ちょっとだけかわいそう、くらいなら愛嬌として効いてくる。しかもグローグーは話のうえでも芯が太く、CGに見えない実在感がある。そこが本当に良かった。

ラブロマンスと悪のカリスマ以外、全部あった

この映画を高く買う最大の理由は、スター・ウォーズらしさでした。4、5、6のクラシック三部作が大好きな私にとって、この映画はとにかくスター・ウォーズみが強い。あえてまとめるなら、スター・ウォーズからラブロマンスと、ダース・ベイダーという悪のカリスマを抜いただけ。あとは全部スター・ウォーズだった。もちろんポジティブな意味です。メカや世界観といった、物語の外側にある手触りが好きなので、それが存分に観られて満足。ラブロマンスと悪のカリスマ以外の要素は、ほぼ全部詰まっていた、という懐かしさがあります。

たとえるなら、サンとアシタカのいない「もののけ姫」、パズーのいない「天空の城ラピュタ」、オウムとナウシカのいない「風の谷のナウシカ」のようなもの。物語の主役級の華が一つ二つ欠けていても、その世界をもっと見せてくれ、という気持ちで観てしまう。私の感覚は、まさにそれでした。世界そのものに浸れるなら、十分に楽しめる。この映画とは相性が良かったんだと思います。

だから私の願いは、こういう作品をまた作ってほしい、です。スター・ウォーズに長く触れていなかったぶん、好きだった時代のスター・ウォーズに、いつまでも浸っていたい。

予測変換の「つまらない」は、誰が打っているのか

一点だけ、観る前に気になっていたことがあります。検索窓に「マンダロリアン」と打つと、予測変換に「つまらない」が出てくる。でも、これはどの映画でも同じです。世紀の名作と言われる「パーフェクト・デイズ」ですら、スペースを足せば「つまらない」が出てくる。どんな映画にも、面白いと言う人もいれば、面白くないと言う人もいる。ただそれだけの話です。

私の見立てでは、あれはごく一部。先に「つまんない」と検索して、観に行かなくていい理由を探している人が、一定数いるんです。本当に「つまらない」と検索する人は、その情報こそを求めている。だったら、それはそれでほうっておけばいい。少なくとも私は、劇場に足を運んで良かったと心から思いました。

ジェダイは出てこない。でもグローグーはフォースを使う

ここからは、ややネタバレ寄りの話を一つだけ。気になる人もいるであろうジェダイ要素が、本作にどれくらいあったか。

答えは、ほぼゼロです。ライトセーバーは一度も登場せず、ジェダイらしいジェダイも出てこない。唯一、グローグーがフォースを使います。ただし敵を倒すためではなく、ディン・ジャリンを癒したり、仲間を助けたりと、守るための力として描かれる。物語の最初は小さなものしか動かせなかったのに、最後には大きなものを持ち上げられるようになっている。フォースによる、ちょっとした成長記録です。ジェダイになる道を選ばなかったグローグーらしい力の使い方で、ここに本作の優しさが出ています。

シリーズ本編なら、ジェダイ要素や誰もが知る大物キャラが差し込まれることもあります。けれど映画単体では、そこはあえて抑えてある。既存作とのつながりに寄りかからず、新規の観客に向けてスター・ウォーズの面白さをゼロから提示する。その潔さが、この映画を入り口として強くしています。スター・ウォーズが好きな人はもちろん、これから触れる人にも、私はこの一本をすすめます。

シリーズの流れもなんとなく知りたいなら、第一シーズンから第三シーズンまで、それぞれ観た直後に語った動画があります。映画館へ行く前の予習にも、配信で観返すときの補助線にもなるはずです。

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