#217 なぜ今パトレイバーなのか? YouTubeの「毎日パトレイバー」と全三部作映画「EZY」への期待と不安

最近やたらとパトレイバーの話題が流れてきます。

YouTubeで毎日24時間限定配信される「毎日パトレイバー」、そして全三部作の新作映画「機動警察パトレイバー EZY」の劇場公開。名前は知っていたけど、ちゃんと見たことはなかった。そんな完全な新参者として、この波に乗ってみた記録です。

YouTubeで無料、しかも毎日更新という幸せな環境

「毎日パトレイバー」はYouTubeで毎日24時間だけ公開される配信企画で、押井監督の劇場版映画から始まり、ちょうど今もOVAが日々更新されています。無料で、ネットで、しかも毎日。こんな環境で昔の名作アニメに触れられる時代が来るとは、と素直に驚きます。

なぜ今このタイミングでこれほど力を入れているのか調べてみると、新作映画の存在が見えてきました。「機動警察パトレイバー EZY」は劇場上映の第1弾で、全三部作という規模の作品です。予告編を見ると、所属不明のレイバーによる事件の通報シーンが映し出されます。本腰を入れているな、というキャッチーな派手さがある。公開は5月15日。ゴールデンウィーク明けという、ちょっと大人な選択をしています。

初めて見た押井版パトレイバーが、ちゃんと衝撃だった

正直に言うと、パトレイバーはずっと「知ってるけど見てない」作品でした。切り抜き画像でキャラクターの名言っぽいものは目にしていたし、名前も雰囲気も何となく知っていた。でも作品を真剣に見たのは今回が初めてで、入口は押井監督の劇場版映画でした。

これが衝撃でした。今見ても全然面白い。劇場版第2弾になると、正直「攻殻機動隊のイノセンスとキャラが変わっただけで、思想的には何一つ変わってないな」という面白さもあるのですが、それはそれで押井監督という作家の一貫性を感じる体験として面白かったです。

24時間限定だから生まれる、コメント欄の熱量

この配信形式が持つ独特の面白さがあります。サッカーの生中継に似た感覚、と言えば伝わるでしょうか。見ている時間帯は違っても、コメント欄に感想が集まることで「みんな揃っている」気分になります。

コメント欄を見ていると、自分と同じように初めて見た10代・20代と、50代・60代のリアルタイム世代が入り乱れて感想を書き合っています。「これこれ!」という既知の喜びと「初めて見ましたが最高でした」という発見の喜びが混在している。しかもコメントが24時間後には消えてしまうとわかっているから、みんな本音で書く。その刹那の解放感が、また気持ちいいんです。

周りに一緒に見る人がいないのがちょっと残念なくらいでした。年度末・年度初めのこの時期に、社会人が毎日24時間限定配信を全部追うのはなかなか難しい現実もありますが。

踊る大捜査線より前に、警察官をサラリーマンとして描いていた

アニメとして面白いのは当然として、何がそんなに刺さったのかを考えていました。気づいたのは、主人公たちが警察という組織の中で生きるサラリーマンとして描かれているという点です。

「警察官も組織人だ」というテーマで多くの人が思い浮かべるのは、踊る大捜査線シリーズでしょう。でもパトレイバーはそれより前に、組織内のしがらみや面倒くさい人間関係、その良い部分も含めて描いていました。踊る大捜査線の原点がここにあったのかと気づいたとき、この作品の射程の広さを実感しました。

OVAは、同じ劇団が毎回違う芝居をしているような面白さ

映画に比べてOVAはアクセスしてきた人が少ない印象でしたが、これがなかなか発見の連続でした。20分という尺の中で、毎回テーマも文体もまったく違う。同じ登場人物が出てくるのに、まるで別の作品を見ているようなエピソードが続きます。

脚本家によっては、ちょっと四畳半神話体系的な、難しくて美しい言い回しを多用するエピソードがあります。聴いていて心地いいのですが、同時に「ああ、80年代の漫画を読んでる気持ちだ」という懐かしさもある。ゆうきまさみのパトレイバーが持つ文体の個性が、ちゃんとOVAにも宿っています。

補助線を引かない時代の作品が、今も残っている皮肉

新作EZYへの期待はあります。でも、怖さもある。

押井監督も宮崎監督も、作品に手加減しません。ついてこられないなら置いていく、という作り方をします。補助線なんて一切引かない。でもだからこそ熱狂的なファンが生まれ、太宰治や坂口安吾のように「こっちが解釈して完成させる」余地が生まれました。それが今も語り継がれる理由だと思います。

翻って今の時代は、何事も優しい。ワンピースだって初期はセリフが少なかったのに、最近は親切な説明が増えました。新しいファンを獲得するためには補助線を引く方がたしかに効率がいい。でも30年後・40年後も語られる作品になるためには、補助線を引きすぎない方がいい。この矛盾は解決しないし、解決しなくていい気がしています。

同時代の作品で言えばAKIRA(1988年映画)や新世紀エヴァンゲリオン(1995年)もそうです。あれも全然分かりやすくない。でもだからこそ今も残っています。EZYの予告編はキャッチーで派手な印象でした。それが時代への適応なのか、それとも入口だけ広げて中身は手加減しない設計なのか、見てみないとわかりません。

新参者だからこそ、期待半分・不安半分がちょうどいい

リブートもの全般に言えることですが、話題になるものとならないものの差は本当に大きい。おそ松さん、うる星やつら、らんま1/2と、最近はリブートが続いていますが、コンテンツが飽和した現代で当時と同じ熱量を再現するのは難しい。好きな人は好きでいてくれる。でも新しい層をどこまで巻き込めるかは別の話です。

自分はパトレイバーの完全な新参者で、思い入れも先入観もありません。それでも毎日パトレイバーを見てこれだけ面白いと思えた。その喜びの大きさが、EZYへの期待になっています。と同時に、過去作のクオリティを知ってしまったからこその不安もある。

新参でそうなのだから、古参の先輩方はもっと懸念しているかもしれません。笑

関連リンク

毎日パトレイバー:https://patlabor.tokyo/news/1698/

機動警察パトレイバー EZY:https://ezy.patlabor.tokyo/

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