#215 "強い男"を売るインフルエンサー配信者ビジネスの裏側:Netflix オリジナル・ドキュメンタリー / ルイ・セロー「マンノスフィア」ちょっとネタバレ感想
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WBCの観戦でマイアミに滞在していたとき、ホテルでNetflixをザッピングしていたら、見覚えのあるビーチが画面に映りました。さっきまでいた場所だと気づいてポチっと押したら、ドキュメンタリーが始まりました。それが『マノスフィア』でした。
特に狙って選んだわけではありません。でも、気づいたら最後まで見ていました。
目次
基本情報と予告編
- タイトル: ルイ・セロー:インサイド・ザ・マンノスフィア
- 原題:Louis Theroux: Inside the Manosphere
- 配信サービス: Netflix
- 配信開始: 2026年3月11日
- 形式: ドキュメンタリー映画
- 上映時間: 約90分
- 監督: エイドリアン・チョア
- 出演・制作: ルイ・セロー
- IMDb評価: 7.1 / 10
ロングバージョンの予告
登場人物
| 活動名 | 本名 | 概要 |
| HSTikkyTokky | ハリソン・サリバン(英) | 警察を逃れスペインに潜伏中。「反ユダヤ発言は金儲けのため」と開き直る。OnlyFansを批判しながら同コンテンツで収益を得る矛盾を指摘される。 バーミンガム大学に進学後、中退してEd Matthewsとともにフィットネスブランド「Hed Fitness」を立ち上げた。 TikTokやKick、暗号化メッセージアプリのSignalなどを通じてフォロワーを獲得し、フィットネス・仮想通貨・恋愛に関するコンテンツを発信。女性・LGBTQ+・ユダヤ人への差別的発言でも知られる。 |
| Myron Gaines | アムロ・ファドル(スーダン系米) | ノースイースタン大学で刑事司法を学んだ後、国土安全保障省捜査局(HSI)の捜査官として6年間勤務。 その後フィットネスコーチに転身し、2020年10月にウォルター・ウィークス(FreshPrinceCEO)とともに「Fresh & Fit」ポッドキャストを立ち上げた。恋愛・ビジネス・自己啓発をテーマに据えながら、女性観や男女関係について過激な持論を展開する。 著書「Why Women Deserve Less」(2022年)では「男女関係の歴史は本質的に売買春だ」という主旨の主張を展開した。 |
| Sneako | ニコラス・ケン・ドゥ・バランタジー(ハイチ/比系米) | ドキュメンタリーの中では4人の中で最も「仕組みを理解している」印象を与える人物として描かれており、マンノスフィアが若者の不安に乗じたビジネスであることを比較的冷静に語る場面もある。一方でセローへの反ユダヤ的侮辱も作中で記録されている。なおセローはユダヤ人ではない。 2013年にYouTubeでゲーム動画の投稿を始め、ストリートインタビューや社会評論へと軸を移した。MrBeastの元スタッフという経歴も持つ。 Wikipediaその後右派的な政治コメントや陰謀論に傾倒し、女性蔑視・反ユダヤ的発言を繰り返したとして、2022年にYouTubeからBANされ、翌年Twitchからも追放された。2024年初頭にはTikTokからも暴力的な女性蔑視コンテンツを理由に排除されている。 |
| Justin Waller | ジャスティン・ウォーラー(米・ルイジアナ州) | 建設会社オーナー。「男は生まれた時点で無価値」が持論。家族とは別州に住みながらマンノスフィア的ライフスタイルを発信。 トレーラーパークで育ち、母親が保険金目的で自宅に火を放ったこともあったという。フットボール奨学金で大学に進み、建設マネジメントを学んだ。 24歳でRedIron Constructionを創業。鉄骨建設を専門とし、コストコやAmazon倉庫など米国各地の大型建築に携わってきた。インフルエンサーとしての活動はビジネスの成功の後に始まっており、その点で他の3人とは異なる。 |
「マノスフィア」って何?
「マノスフィア(Manosphere)」という言葉、最近耳にするようになった人も多いかもしれません。「マン=男」が語源で、ざっくり言うと男らしさを前面に出したオンラインコミュニティの総称です。男らしさの賛美だけにとどまらず、女性軽視や女性蔑視的な価値観が混じり込んでいることも多いです。
日本でも近い文脈の発言がバズったことがあります。「運動部を経験してない奴はやばい」みたいな、α男子っぽい人が断言するやつ(この発言をした人がマノスフィアとは言いませんが)。
「強い男になろうぜ」「体を鍛えろ、稼げ」という煽りで人を集めるスタイルです。このドキュメンタリーが追うのは、まさにそういう配信をしているインフルエンサーたちです。
昔からあるビジネスモデル
こういうビジネス自体は昔からあります。20年前なら与沢翼さんあたりが先頭を走っていたかもしれません。ただ今と決定的に違うのは、SNSの発達で参入障壁がほぼゼロになったことです。初期資金もいりません。端末一台とインターネット環境があれば誰でも始められます。
「心と体を鍛えてアップデートしよう」「億万長者がやってるたった三つの習慣」——そういうフックで人を引き寄せて、最終的に情報商材やサブスクリプションに誘導します。この流れ自体は知っている人も多いと思います。
問題は、その中に「煽るだけ煽って、意味のないものを売りつける」パターンが混じっていることで、それは詐欺に近いです。謎の不動産を買わされた、よくわからない暗号資産を勧められた——そういう話がこのドキュメンタリーにも出てきます。
もちろん、信念を持って「本当に体を鍛える方法」や「女性に好かれる立ち振る舞い」を提供している人もいます。そういう人は別の話です。ただ、今回のドキュメンタリーに出てくるのは、どちらかというとランボルギーニに乗って高級腕時計を見せびらかすタイプの、「欲しいものは全部手に入れるぜ」という路線の人たちです。
視聴者が「見たい」と思うもの
このドキュメンタリーをどう楽しむかという話をすると、視聴者の気持ちとしては多分二種類あります。ひとつは「ちょっと憧れもあるけど、本当の姿を見てみたい」という好奇心。もうひとつは「こいつらに肩入れする気にはなれないけど、真実を暴いてくれ」という反感。このドキュメンタリーは、その両方にちゃんと応えてくれます。
ソクラテスの「産婆術」という武器
作り手のルイ・セローが使うインタビュー手法が面白いです。彼は相手を論破しようとしません。自分の意見をぶつけるのでもありません。ただひたすら、「それってつまりこういうことですか?」「あなたはさっきこうおっしゃっていましたが、それはこういう意味ですか?」と、相手に確認しながら問い続けます。
これ、哲学でいう「産婆術」に近いです。ソクラテスが使ったとされる問答法で、相手の内側にあるものを引き出すやり方です。池上彰さんがやる「攻撃的な聞き返し」とはちょっと違います。罠を張っているというより、相手が勝手にボールを出してくる、という感じです。
今回のインフルエンサーたちは、言っていることとやっていることの間に矛盾があります。後ろめたさがある分、どこかで必ずボロが出ます。セローはそれをただ待っています。丁寧に、静かに。
23歳が「俺は誰にも支配されない」と言った
ドキュメンタリーの冒頭に出てくる人物が23歳のインフルエンサーです。予告編で見たとき、見た目から21歳前後かなと思ったのですが、正解に近かったです。その年齢で「体を鍛えて稼いでお前らもびっくりしろ」みたいな発信をしているわけで、23歳ならまあそういう時期もあるかな、と思えてしまいます。
ただ、矛盾点がどんどん出てきます。「ファンだけの有料サービスはよくない」と言いながら、自分のファンコミュニティから毎月サブスクを取っていたり。「マトリックスを脱出しよう」「何者かに支配されるな」と言いながら、結局フォロワーを自分というマトリックスに引き込んでいるだけだったり。
そして一番笑えたのが、撮影中にお母さんが部屋に入ってきたシーン。「俺は誰にも支配されない」と言っていた彼が、「ジュースはいらないんだよ、もう出てってよ」とぐずりました。この一瞬で、いろんなものが崩れます。
かわいそうになってくる、という気持ちもあります。23歳だから。
30代・40代になると、もっとずる賢くなる
ドキュメンタリーには30代・40代のインフルエンサーも出てきます。こちらはさすがに手慣れていて、簡単にはボロが出ません。
セローとの会話も読み合いになります。「あ、ここで読み合いが発生してる」とわかる場面があって、それがまた面白いです。会話劇として見ると、かなり見応えがあります。
信念じゃなくて金のためだ、という理解
彼らを擁護したいわけではないけれど、矛盾が生まれる理由はわりとシンプルだと思っています。信念があってやっているというより、このやり方で稼げるからやっている、ということです。
それ自体は理解できます。人生のある時期、本当はやりたくないことでも、別の目的のために無理をするということは誰にでもあります。芸能活動だってそうかもしれません。
ただ、キャラクターを演じ続けることは、どこかでメンタルに来ます。飲み会でいつも元気でやんちゃなキャラを演じている友人を見ていると、無理してないかなと思う瞬間があります。続かないし、積み重ねていくうちに「こんなつもりじゃなかった」という場所に辿り着きやすいです。このドキュメンタリーの彼らも、金銭的なトラブルや人生への大きな影響という形でその代償を払っている人がいます。
不純な気持ちで見始めて、最後は憐憫の情になった
正直に言うと、最初は「化けの皮をはがしてやれ」という気持ちで見ていました。でも見終わったとき残ったのは、それとは少し違う感情でした。
自分の鏡を見ているような、そういう感覚があります。誰だって多少はキャラクターを演じていて、無理していることがあります。それが少し大きくなると、ああなるのかもしれません。そう思うと、単純に笑ってもいられなくて、ちょっとつらかったです。
誰が見るべきか
上映時間は1時間半ほど。4人のインフルエンサーが登場するので、サクッと見れる感じではありません。
どちらかというと男性向けのコンテンツだと思います。煽り系インフルエンサーを一度でも見たことがある人、ちょっと気になったけど何か違うなと思っていた人、仕組みが気になる人には刺さります。
あと、映像を作る立場から言うと、全く同じコンセプトで日本版が作れると思いました。もしかしたら誰かがもう作っているかもしれないけれど、日本にいたら自分で作りたいと思うくらい、完成度の高い構造をしていました。
高カロリーだしリスクもあるけど、できたときの達成感は相当なものだろうという予感があります。そういう興奮を覚える作品でした。
以上。
以下はドキュメンタリー自体の紹介。
「マトリックス」から脱出したはずの男たち
舞台はスペイン・マルベーリャの豪邸や、マイアミのペントハウスです。
数百万人のフォロワーを持つ「マンノスフィア」のインフルエンサーたちは、「現代社会は男性を弱体化させる『マトリックス』だ」と主張し、女性を軽視し、金を稼ぎ、筋肉を鍛えることが男の正解だと説いています。
しかし、ルイ・セローのカメラが映し出すのは、その「成功者」としてのイメージが意外なほどあっさりと崩れていく場面です。
印象的なのは、イギリスのインフルエンサーHSTikkyTokky(本名:ハリソン・サリバン、23歳)の自宅でのシーンです。
配信では「俺は誰にも支配されない」と語る彼ですが、取材中に母親が部屋に入ってくると、「ジュースはいらないってば、ママ!」とぐずるように声を上げます。
SNSで演じている「強い男」のキャラクターとのギャップが映し出されます。
炎上とビジネスの関係
本作が注目しているのは、彼らの言動が「信念」ではなく「ビジネス上の判断」である可能性です。
HSTikkyTokkyはカメラに向かって「良い人をやっていても稼げない。あえて過激なことを言って炎上させている」と認めています。
反ユダヤ的な発言も「クリップ稼ぎのため」と説明し、OnlyFansやポルノを批判しながらその宣伝で収益を得るという矛盾を指摘されても、特に動じる様子はありません。
彼らは「エリートが真実を隠して人々を支配している」という陰謀論を語りながら、自分たちも同じように「秘密の知識を教えてやる」という構図で視聴者にコースやサブスクリプションを販売しています。そこには一定の皮肉があります。
ターゲットになる若者たち
彼らのコンテンツが刺さりやすいのは、将来への不安や孤独を感じている10代の男性です。
「俺のようになれる」という言葉は、そうした不安に対して分かりやすい答えを提供します。マイアミに集まっていたフォロワーの若者たちは、2年間インフルエンサーをフォローし続けながら、なぜ自分はまだ成功できないのかと真剣に悩んでいました。
視聴者のコメントには、CAMHS(英国の児童・青少年精神保健サービス)の元職員による報告もありました。
「うつ病は弱さ。男はジムに行け」という内容の動画を繰り返し見ていた子どもが、助けを求める手段を持てないまま部屋から出られなくなってしまったというケースです。
コンテンツが現実の生活に影響を与えている例として、重く受け止める必要があります。
セローのインタビュー手法
ルイ・セローのドキュメンタリーの特徴は、相手を批判したり論破しようとしたりしない点にあります。彼は相手に十分に話させながら、矛盾が出てきたときに静かに質問を重ねます。
インフルエンサーたちは「叩かれに来た記者」として身構えていましたが、セローが実際にしていたのは「女性の意見に関心を持つ」「素直な疑問を聞く」といった、ごく普通の行動でした。
その「普通の振る舞い」が、結果として彼らのキャラクターとのギャップを際立たせることになっています。
一方通行のモノガミーをめぐるやり取り
Myron Gaines(本名:アムロ・ファドル)が「一方通行のモノガミー」——男性側だけが複数の相手を持てる関係——を実践していると話す場面では、セローがその場にいる女性たちの反応に目を向けます。
セローが交際相手に話しかけ始めた瞬間、マイロンは彼女にテキストメッセージを送って会話を止めようとしました。言葉で語られる「関係性」と、実際の場の空気が一致していない様子が映し出されています。
本作への批判的な見方
視聴者からはセローの手法に対する批判的な意見もあります。
「今回はいつもより反論が多く、相手が警戒してしまっていた」
「フォロワーの若者たちとのインタビューをもっと掘り下げれば、なぜそこに引き寄せられるのかが見えてきたはずだ」
といった声です。
問題の構造や背景よりも、目の前の人物の言動を記録することに重点を置くのがセローのスタイルでもあり、それを物足りなく感じる視聴者もいます。
メンタルヘルスをめぐる矛盾
「うつ病など存在しない。甘えだ」と語るインフルエンサーに対し、セローが静かに問い返す場面があります。
あるインフルエンサーが「うつ病は信じない。弟が死んだとき……自分で命を絶ったんだ」と話す場面は、本作の中でも特に印象に残る瞬間です。
精神的な弱さを否定するメッセージを発信しながら、自分自身もその影響から無縁ではないという矛盾が浮かびあがります。
強さを誇示することを求める文化が、助けを求めることを難しくさせているとすれば、それはフォロワーだけでなく、インフルエンサー自身にも当てはまるかもしれません。
おわりに
このドキュメンタリーを見終えた後に残るのは、インフルエンサーたちへの単純な怒りではありません。
彼らが口にする過激な言葉の裏に、「認められたい」「つながりたい」という、ごく普通の欲求が見え隠れしているからかもしれません。そして、そこに引き寄せられる若者たちが多くいるという現実も、見過ごすことはできません。
ルイ・セローは、女性に敬意を持って接し、相手の話に真剣に耳を傾けるという、ごく当たり前の姿勢を貫きます。
その姿が、インフルエンサーたちの主張する「男らしさ」と対照的に映るとしたら、それは見る側にとって考えるきっかけになるかもしれません。
子を持つ親や教育関係者はもちろん、マンノスフィアという言葉を初めて聞く人にとっても、入門として見やすい作品です。

