#66 映画「シン・仮面ライダー」の予習として読んでほしいマンガ「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」

映画『シン・仮面ライダー』を見る前に、どうしても読んでほしい漫画があります。柴田ヨクサル作『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』。

仮面ライダーが大好きな庵野秀明監督が「仮面ライダーを自分の手で作りたい」という思いで映画を作ったとすれば、この漫画は「自分が仮面ライダーになりたい」という男の話です。

その対比だけで、もう十分おかしい。

仮面ライダーというコンテンツの、途方もない普及率

仮面ライダーを知らない日本人はいません。ドラえもん、クレヨンしんちゃん、アンパンマンと並べてもまったく違和感のない、そういうレベルのコンテンツです。みっちり見ていなくても、仮面ライダーという存在があることは知っている。未だに続いているシリーズだから、若い世代だって当然知っています。

つまり、「仮面ライダーというものをみんなが知っている」という前提で物語を始められます。それがこの漫画の大きな武器になっています。

あらすじ:ショッカーが現れたが

公式のあらすじをそのまま引くと、こうなります。

小さい頃から本気で“仮面ライダー”になりたかった

東島丹三郎(とうじま たんざぶろう)は、40歳になった今でもその夢を追い続けていた。

そんなある日、「ショッカー現る!」というニュースが報道される。

それはショッカー戦闘員のような覆面を被った、ただのチンピラによるコンビニ強盗事件。

マスコミが面白がって「ショッカー」と呼称しただけの偽物だと理解していても、東島の正義の心は燃えていた。「

俺のは“仮面ライダーごっこ”じゃないから」こうして東島は“仮面ライダー”のお面を顔にまとい、偽物のショッカー事件を解決すべく戦う決意をする——。

コメディタッチの入口に見えますが、話はそこで終わりません。

ショッカーは実在していました。コスプレではなく、本当に変身し、常人をはるかに上回る戦闘力を持つ戦闘員が一般人に紛れ込んでいます。怪人もいます。ただ、仮面ライダーはいない。少なくとも最新話まで、ずっと出てきません。

これがおかしい。普通はそっちもセットじゃないか、と思います。でも、この「おかしさ」こそがこの漫画の核心です。

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見どころ1:ショッカーはいる、ライダーはいない世界の嘘のつき方

物語を作るとき、大きな嘘を一つつく、という考え方があります。この漫画がついている嘘は「ショッカーがいる」です。しかも怪人もいる。変身すると、ただの戦闘員ですら常人を圧倒します。世界征服をもくろんでいるのかどうかは分かりませんが、彼らは普通の生活に溶け込みながら、たまに悪いことをしています。

「進撃の巨人」という漫画をみんなが知っている世界で、本当に巨人が出た。「ワンピース」を知っている世界で、本当に悪魔の実があった。そういう構造に近いです。仮面ライダーはメジャーすぎるコンテンツだから、こういうメタな扱いが成立します。石森プロが協力しているのも、この作品がただのパロディで終わっていない証拠でしょう。

ふざけているようで、ガチで、でもふざけてる。そういうメタさが、類を見ません。

見どころ2:変身とは、心の所作である

仮面ライダーがいないということは、変身もありません。でも、出店で売っている仮面ライダー1号のお面をつけると、東島は本当に変わります。常人では勝てないはずのショッカーや怪人に挑めるほどの力を発揮してしまう。

周りから見ても同じです。ただ仮面をかぶった40歳のおっさんのはずなのに、一瞬、仮面ライダーに見えてしまう瞬間がある。シャドーボクシングで相手が見える、あの感覚に近いです。心の目で見ると、本当に見えてしまうような。

ハンターハンターのネテロ会長の言葉に「祈りとは心の所作だ」というものがあります。変身もそれと同じではないか、という話です。

男子なら誰でも一度は仮面ライダーの変身ポーズを真似したことがあります。ウルトラマンはでかくなるからごっこ遊びには向きませんが、仮面ライダーはそのままのサイズで変身できます。幼少期の記憶と切り離せない、あの変身への憧れが、この漫画では「心の所作」として説明されています。

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見どころ3:理性を超えた衝動を持つ人間が、いちばん怖くてかっこいい

これが、たぶん一番面白いところです。

私たちは普段、理性的に生きています。損得を考え、未来を予測し、大学受験があるから勉強し、老後が不安だから貯金する。そうやって振る舞うことが「まともな人間」とされています。でも、この漫画に出てくる人たちは全員、その理性を超えたところに仮面ライダーへの衝動を持っています。

主人公の東島丹三郎は40歳、無職です。30で無職でも想像するだけで震えるのに、40で無職となると、もはや震えなくなるかもしれません。諦めの境地というか。でも彼は、そうなってもいいくらい仮面ライダーに人生を振り回されてきた人間で、みんなそれぞれの意味でまともな生活は送れていません。

見方によっては、仮面ライダーに人生を狂わされた話です。

ただ、ここで翻って自分の人生を考えると、そこまで衝動的に動けるものが自分にあるか、という問いが生まれます。イチローの野球への執着、羽生永世名人の将棋への執着。天才と呼ばれる人たちには、たいていそういう対象があります。「自分はこれで生きていくんだ」と思えるものを持てた人生は、傍から見てどう見えようと、それはそれで幸せなんじゃないかと思います。

ショッカーが本当に存在することを知って涙を流し、「ありがとう」とつぶやく人間がいます。俺は本当に仮面ライダーになれる、と。おかしいけど、その感情には一本筋が通っていて、意味不明とは思えません。「よかったね、全力で戦えてよかったね」と思ってしまう、そういう漫画です。

柴田ヨクサルという作家が描く、狂った人たちの普通の論理

作者の柴田ヨクサルは、『ハチワンダイバー』でも知られています。将棋に取り憑かれた人たちを描いた作品で、ドラマ化もされました。こういう「何かに狂った人たちの話」を書かせると、本当に素晴らしい。

この漫画に出てくるキャラクターは、基本的に頭のネジがどこかぶっ飛んでいます。ただ、私たちの常識からすると非常識でも、彼らの中ではきちんと筋が通っています。「なんでこんなことを考えるんだろう」という感じにならないのが不思議で、感情と理論に妙な説得力があります。会話が成立していないようで、心では対話できている。ツッコミがいないわけではないですが、ツッコミ自体もどこかずれています。そのずれが、読んでいて一番おかしくて好きなところだという声もあります。

読んでいても、共感はしにくいです。みんな自分とは違う人種として見てしまいます。ただ、羨ましいとは思います。あそこまで何かにハマれる人たちを、遠くから眺めているような感覚がずっとあります。

シン・仮面ライダーと、この漫画が共鳴する理由

『シン・仮面ライダー』は、仮面ライダーが大好きな庵野秀明が「仮面ライダーを自分の手で作りたい」という思いで生まれた映画です。正しいタイトルは「庵野秀明は仮面ライダーを作りたい」で、「シン・仮面ライダー」はサブタイトルくらいの感覚ではないか、という気もします。仮面ライダーになりたかった男の話と、仮面ライダーを作ってみたかった男の話、その違いがあります。

予告編は情報量が少なく静かな絵が多いですが、その静けさの中に真剣さがにじんでいます。シン・ゴジラが「見る前から傑作決定」と思えたのに対し、シン・ウルトラマンは予告の段階で少し抑えめに期待しながら見に行った経緯があります。シン・仮面ライダーはまだ読めない部分があります。

理由の一つは、庵野作品が得意とする「人がわちゃわちゃ動く群像劇」と、仮面ライダーの性質の違いです。シン・ゴジラにしてもシン・ウルトラマンにしても、基本的に政府や行政を描きます。でも仮面ライダーは孤独な戦士で、味方はおやっさんくらいしかいません。どういうストーリーテリングにするのか、怪人がどこまで出てくるのか、まだ見えません。

ただ、予告編でひとつ気づいてほしいのは、シンメトリーな絵作りです。言われてから見ると、左右対称の構図が意識的に使われていることが分かります。真ん中に線をドーンと置いて2人が歩いているとか、トンネルの穴を中心に手前に歩いてくるとか。エヴァンゲリオンの頃からずっとある手法で、庵野監督の画面の作り方の癖でもあります。

蜘蛛男も蝙蝠男も予告編に出ていましたし、怪人は複数登場するはずです。森山未来がラスボスではないかという予感もあります。柄本さんが演じる仮面ライダー2号も、ヘルメットを脱いでいるシーンの引きが強かったです。

ファースト仮面ライダーは、もっと暗くて陰鬱だった

仮面ライダーって、そもそもの設定が非常に悲しいです。文武両道の主人公が、人に改造されてしまうところから始まります。しかもよりにもよってバッタがモチーフで、昆虫が苦手な人には厳しいフォルムです。

平成・令和仮面ライダーは洗練されてかっこいいですが、ファースト仮面ライダーは基本的に黒い。だって怪人だから。正義のヒーローというより、改造された怪人が悪の組織と戦っているという話で、そのトーンはかなり暗くて陰鬱です。東映さんがどこかで配信していると思いますので、シン・仮面ライダーの予習として見てみると、「こんな世界観だったのか」と驚く人もいるかもしれません。

格闘ゲームで仮面ライダーと接点があったとか、幼少期のごっこ遊びで自然と仮面ライダーを選んでいたとか、人それぞれ「私と仮面ライダー」という話は一つはできます。それだけ生活に染み込んでいるコンテンツだからこそ、このメタな漫画が成立しています。

余談:仮面ライダーブラックが学生運動と交差する話

Amazonオリジナルでリメイクされた「仮面ライダーBLACK SUN」の話も少し触れておきたいです。西島秀俊さんが主演で、あのトーンで変身をかます、その瞬間を楽しみにしてずっと見続けてしまう中毒性があったといいます。

6話まで変身すると言って変身しない、6話でついに来る、その重みがすごかったです。

しかも日本の学生運動と仮面ライダーがクロスする構成で、この後あさま山荘事件が起こるかと思うような展開もあります。仮面ライダーというコンテンツの間口の広さを、あらためて感じます。

シン・仮面ライダーをそのまま見に行くのもいい。でも、より深く世界観に入っていくために、こういうメタ的な作品を一つ挟んでおくのは悪くない選択だと思います。『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』は、さらっと読めて、しかし読後になぜかずっと引っかかる漫画です。

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