#208 今更見る「マンダロリアン」シーズン3ネタバレ感想|映画公開前に全3シーズン完走したファンの率直に思う良かったとこ悪かったとこ

『マンダロリアン』のシーズン1から3まで、無事に最後まで見終わりました。たった一人の賞金稼ぎが、いつのまにか一族の運命を背負う立場になっていく。

2026年5月公開の映画『マンダロリアン・アンド・グローグー』を前に、シーズン3を見て乗れた部分と、ちょっと引っかかった部分の両方を、率直に振り返ります。

以下、結末まで含めて大ネタバレありなので、これから見る人は気をつけてください。

シーズン2の続きは、なぜか「ボバ・フェット」に隠れていた

前回のおさらいから。シーズン2の終わりは、チビ・ヨーダ、通称ベイビーヨーダことグローグーを、まさかのルーク・スカイウォーカーが登場して連れて帰る、で幕でした。きれいに終わったんです。

ところがシーズン3を見始めたら、なぜかマンダロリアンとグローグーがまた一緒にいて、「えー」となる。前回も話したとおり、この空白を埋めるには「ボバ・フェット」というスピンオフの5、6、7話を見ておく必要があります。

ざっくり言えば、ルークがグローグーに「ジェダイへの道を示すライトセーバーを取るのか、マンダロリアンが残した鎖帷子を取るのか」と選ばせる。グローグーは鎖帷子を選び、マンドーのもとへ帰ってくる。

だからシーズン3の冒頭では、二人がまた一緒にいるわけです。配信順では分かりにくいので、ここだけ先に押さえておくと混乱しません。

滅んだはずのマンダロアに、降り立つ

シーズン3の発端は、主人公がグローグー救出の際に人前で仮面を取ってしまったこと。これでマンダロリアンの掟に反し、「もはやマンダロリアンではない」と宣告されます。再び一員と認められる唯一の方法が、故郷マンダロアにある泉への入水。つまり禊ぎです。

そのマンダロアが、なかなか荒廃している。もう滅んだと散々聞かされてきたのに、行ってみたら「いや、滅んでないな」となる。

星そのものが壊れているわけではなく、荒れ果ててはいるけれど着陸もできるし、長期滞在も大丈夫そう。ただし敵はいる。一人だとしんどいということで、過去に出会ったマンダロリアン族に助けを求めに行きます。

ボ=カターンという、もう一人の主役

ここで今回いちばん覚えてほしいキャラクター、ボ=カターンが登場します。

仮面を脱いでもいいマンダロリアン族、つまり前に話した「カルトじゃない方」のリーダーで、もともとマンダロアを率いていた高貴な血筋。戦国時代でいえば名門の家の出です。「マンダロリアンに血筋もくそもあんのか」と思いながら見ていたんですが、確かに高貴な香りがする。

性格はプライドが高い。シーズン2のラストに出てきた、リーダーの証である伝説の剣ダークセーバーをめぐって、それがよく表れます。マンドが「リーダーになりたいなら、これあげるよ」と差し出しても、ボ=カターンは受け取らない。決闘で勝ち取った者こそが正統な所有者だ、という教義があり、棚ぼたで渡されるのを良しとしないんですね。とはいえ根は悪い人じゃない。

助けを求めに行ったとき、リーダーなんだから仲間がいるだろうと思いきや、大きい宮殿にぽつんと一人。自分のやり方が気に入らないと言って、みんな出て行ってしまったらしい。こうして、マンドとグローグー、そしてボ=カターンの旅が動き出します。

水中から現れた、ミソソー

マンダロアでマンドが機械仕掛けのクリーチャーに捕らえられると、グローグーが脱出してボ=カターンに助けを求める。修行の成果か、フォースを駆使してN-1スターファイターを操る活躍を見せます。救出されたマンドは、いよいよ禊ぎへ。

その泉に、伝説の生き物がいるんですよ。名前はミソソー、別名ミソサウルス。マンダロリアンの始祖が手なずけたとされる神話の獣で、一族の象徴です。

いきなり画面に出てきたときは「なんなんや、それ」「また知らない子が出てきたぞ」となりました。全景は映らず、初めてクジラと出会ったときのように、ぎょろりと巨大な目だけがアップになる。だいぶでかい。

禊ぎの最中、そのミソソーに水中へ引きずり込まれて遭遇します。神話では、こいつが姿を現すのは大きな変化が起こる前兆だとされる。とりあえず禊ぎを終え、証拠の水をカプセルに入れて持ち帰ると、復帰が認められる。マンドーは晴れてマンダロリアンに戻ります。

ここで面白いのが、付き添ったボ=カターンも禊ぎの泉に入ったことで、図らずもチルドレン・オブ・ザ・ウォッチの入団条件を満たしてしまう点。

仮面をつけているから表情が見えないのに、演技だけで「仲間ができた」という空気が伝わってくる。今まで独りぼっちだった主人公に仲間ができた、と視聴者として素直に嬉しくなる場面でした。

流浪の民が、土地を手に入れる

仲間は20〜30人規模にまで増えていきます。スターウォーズだと、こういうとき虐殺がありそうで怖いんですが、ともかく、もう一つの集落と言っていい規模。しかも子供が多い。

そこで、最初の星ネヴァロに戻ります。マンドーが頑張ってきたおかげで、ギルドのボス、グリーフ・カルガとすっかり仲良くなっている。

彼はもう完全にいいやつで、この星を一大商業地帯にしたいと考えていて、解放の英雄であるマンダロリアンたちに広大な土地を与える。故郷を失って長年隠れ住んできた彼らにとっては、この上ない贈り物です。

途中、宇宙海賊との戦いを経て、ようやく流浪の民が腰を落ち着ける場所を得る。ユダヤ人の流浪の末の建国を思わせるような構図で、中盤でいったん「めでたしめでたし」にしてもいいくらいの決着がつきます。

ダークセーバー、ベスカー、そして帝国残党

物語が再び動くのは、毎シーズンのボス、モフ・ギデオンが攻めてくるから。エセ・ダース・ベイダーみたいな、死んだはずなのに生きていたあの男です。

このままの戦力ではまずいと、マンドーはボ=カターンに、各地に散った傭兵マンダロリアンたちの説得を頼む。マスクを取る派と取らない派の架け橋になって、みんなで一族を再興させよう、と。

傭兵部隊との交渉では「お前、ダークセーバー持ってないやん」という話になるんですが、ここで救出戦の流れが効いてくる。マンドーを倒した敵を、ボ=カターンが倒している。だから「俺を倒したやつを倒した者にこそ資格がある」という理屈で、所有権がボ=カターンへ移っていく。

敵側の鍵がベスカー。マンダロリアン族にとって超重要な、きわめて硬い金属です。ライトセーバーを食らっても大丈夫、というのは盛りすぎかもしれませんが、それくらい特殊な素材。

モフ・ギデオンは、そのベスカーの鎧をまとったダーク・トルーパー集団を、マンダロアの星で密かに製造していました。

ギデオンの目的は帝国の復興です。エピソード6の後の世界で、帝国はもう残党。それをもう一度立て直そうとしている。残党の幹部会議のシーンもあり、最終的にはギデオン率いるベスカートルーパー集団 対 マンダロリアンの生き残り、という最終決戦に向かいます。

なんだかんだで勝利し、地元の星にみんなで帰還して、これから一族は繁栄していく、といういい流れで幕を閉じます。

荒野のガンマンが、南北戦争を戦っていた

ここからは、微妙だったところと好きだったところを一つずつ。先に微妙な方から。

シーズン1を見始めたとき、これは子連れ狼だ、と言いました。主人公のマンドーは、ギルドに所属しているとはいえ基本は一人で放浪する人間で、グローグーという相棒ができてからも、わりとフリーランス的な生き方をしていた。

それが最後にはチルドレン・オブ・ザ・ウォッチの幹部のような立場になっている。動機はわかるし一生懸命なんですが、だいぶ政治色が強くなった。自分一人のために生きる物語が、民族のために多くを犠牲にして戦う物語へと膨らんでいく。

荒野のガンマンが、気づいたら南北戦争を戦っていた、と言えば伝わるでしょうか。出世とも、生きる理由を得たとも言えるんですが、最初の小さな世界が良かったのに、という気持ちは残ります。だから映画ではまた、子連れ狼に戻ってくれるんじゃないかと期待しています。一族のしがらみは、もうなくなったわけですし。

もっとも、シーズン1、2のキャラが続々と再登場する楽しさはこのシーズンならでは。行く先々に知り合いが増えているのは、たとえ一匹狼でも嬉しいものです。

一番刺さったのは、元帝国兵たちの昔話だった

好きだったところは、たぶん誰からも共感されないと思っています。それでも、シーズン3でこのシーンはめちゃめちゃ良かった、という場面があるんです。

舞台はスターウォーズ世界の首都コルサント。エピソード2の冒頭で、星全体が街になっている、空中を乗り物がびゅんびゅん飛ぶあの惑星です。

シーズン1でグローグーの血を求めていた生物学者が、帝国残党の研究者として捕らえられ、共和国の再生プログラム、いわば思想チェックを受けている。本人は純粋に研究がしたいだけで、所属にこだわりはない。

その流れで、元帝国兵だけが住むエリアが出てきます。初めて足を踏み入れたとき、「全員、帝国の奴ら」と緊張する。案の定、飲んでいる連中に「お前、新入りか」と絡まれて、刑務所のかわいがりみたいな空気になる。

ところが彼らが語り出すのは、帝国時代の思い出話なんですよ。「変な意味じゃなくて、俺ら全員帝国だからさ、ちょっと昔話しようや」と。「支給品で好きなのなんだった?」「あのお菓子、美味しかったよね」と、帝国あるあるをしみじみ語っていく。

これがね、めっちゃ良かった。感動させにくる演出ではないのに、哀愁が漂う。

建て前上、彼らはもう帝国と縁を切っていて、その帝国は悪とされている。でも、自分が育った場所、いわば地元の話をしているわけです。地元が悪とされても、地元はやっぱり地元じゃないですか。

大きな声では言えないけれど、地元のやつだけで集まって昔話をする。みんな都会に出てきたけれど、もう帰れない。高校の頃あんなことあったよな、と語り合う、あの感じ。

でっかい集団同士の戦いがスターウォーズ全体だとしたら、その中で生きる人たちの細部、こういう人もいるよね、という視点が良かった。逮捕されてそれっきりではなく、その後どう暮らしているのかを見せてくれる。

これはスピンオフ、サイドストーリーならではです。物語的にはここに裏切り者が絡む筋もあるんですが、最後の話にはほぼつながらない。それでも、このシーズン3で唯一、「俺、今、かみしめてるな」と思えたグッドシーンでした。

映画化前に、シリーズをどう追うか

全体としては、いいシーズンでした。この流れでダークセーバー戦をもっとみたくなって、最近は「オビワン」も見始めています。

こうして関連作を追うとますます、続三部作のエピソード7、8、9が許せなくなってきました。7はまだいい。でも8、9には、スターウォーズに流れていたはずの哲学が感じられない。一ライトファンとしては、そこを守ってほしかった。

ディズニープラスで見ている手前あまり言えませんが、もっと丁寧にやってくれれば続編も違ったのに、という思いはあります。自分の中ではエピソード1、2が最高、という結論です。

ご都合主義や「そうはならんやろ」という展開はあるものの、そこはスターウォーズのお約束。長きにわたったマンダロリアン、大変楽しませてもらいました。

映画『マンダロリアン・アンド・グローグー』の公開は2026年5月22日、日米同時です。

まだ半年以上ある。1話あたり実時間40分弱、全8話を毎回20分前後にまとめて語ってきたので、相当な要素を落としています。それでも、この大きな流れを押さえたうえで本編を見直せば、予告編の意味もつながってくるはず。

ベースにあるのは西部劇的な世界観なので、その手触りが好きな人には強くおすすめできます。逆に、ジェダイのチャンバラ目当てだと少し物足りないかもしれません。なんとなく聞き返してもらえれば、見た気になれる。映画館へ向かう前の予習に、ちょうどいいシリーズです。

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